体感いつのまにか始まっていました。今年はプロポーザルを出していないせいかもしれない…。
今年も会社の企画に関わらせてもらってますが、メインが事後勉強会なのでこちらもどうぞよろしくお願いします。という意味ではまだまだKaigi on Rails 2026終わってないんですけどね。
時代はもう変わってしまった
DHHのキーノートは「変わることを恐れるな」というメッセージだと私自身は受け取りました。Rails Worldでかもした物議を私はちゃんと追えていないので、抄訳を聞きかじった程度という前提ですが、Kaigi on Railsでの発表もRails Worldでの発表もそんなに変わらんかったのではないかと思っています。(Kaigi on Railsのkeynoteの方が穏当なニュアンスだったのではとは思いますが)
実際、今回の発表を聞いていると、もうすっかり時代は変わっているなあと感じます。今回の発表を聞いていても、変わることを恐れなかった人たちばかりだと思っていて、逆に言えば、そういう人たちが話すことがあるのだから、Ruby on Railsというフレームワークをテーマとしたカンファレンスというものに意義があるんじゃないかなと思います。
それこそ特にMatzや松田さんの発表を聞いていると、時代は変わっても、変わらず新しいものを作って動かしてという営みをしている人がいるんだよなということを感じて熱い気持ちになりました。
私自身はAI時代においてRailsを使う理由として
- 他の言語で書き直すこともできるという前提で、プロトタイプを作るのに記述量が少ないRailsに優位性がある
- そもそも他言語に置き換える必要を感じていないRailsアプリがこの世にたくさんある
の2点があると思っています。特に後者は結局私たちは今あるRailsアプリとも向き合い続けなきゃいけないわけで、AIによって言語やフレームワークの選択の幅は広がったけど、決して今向き合っているアプリを実装しているエコシステムを無視して良いというわけではないよねと感じたり。
あとは前に同僚とRubyのコミュニティが好きというのがRuby自体の魅力の一つだろうという話をしていたこともDHHのキーノートを聞いて思い出したことでした。
結局どうしていい設計が我々はできないのか
今回いろいろな発表を聞きながらずーっと思っていたのが、なぜ我々は(主語がでかい)Kaigi on Railsの発表を聞いて感じ入っているにも関わらず良い設計ができないのかということでした。設計に限らず、良い取り組みと言ってもいいかもしれません。
今回のトークだとyasaichi さんの「Domain Modeling with Vanilla Rails: 「操作」から再考するRailsの設計論」やwillnet さんの「How to Design Configuration for Rails Applications」、同僚のudzura さんの「Zen and the Art of File Upload Maintenance」など聞きながら、こういうことやっていきたいよねと思うわけです。というか去年も思ったわけです。
私が怠惰だから…というのはあるんですけど一旦置いといて。
1つは10年選手のRailsアプリに対して手を入れていくことが難しいということで、これはまあ「そう」って感じ。もう1つ気づいたのは、結局仕事で触っているコードは最終的に行きつく形が見えないままに手を入れ続けるからではないかということです。
それに思い至ったのは、Emiko Ando さんの「現場と育てるRailsモデリング 〜Spreadsheetから始めたモデル設計〜」を聞いていたときで、結局アプリに落とし込む前にごりごりに業務の概念を整理しないと綺麗な状態にならんって…コト…じゃん…?という目覚めがありました。
当たり前のような気もするんですが、普段仕事していると結局すべての全体像はわからないが走ってみるしかないという状況が多い気がしていて、その中で良い設計をするのって非常に難しい要求っすよね…。結局はいかに未来図を描けるか、未来図にずれがあったときにいかに修正をしていくかということだと思っているし、やっていくしかないんですが、このへんの話をもっと考えていきたいなとなった次第でした。
ストップ酒の飲みすぎ
翌週健康診断なのに酒を飲み過ぎて深く反省しました。
飲み過ぎたりなんだりしていますが、すごく楽しいカンファレンスでした。運営の皆さまありがとうございました。

